20110701-g


1:
:2013/03/29(金) 02:29:21.09 ID:

立ったら書くよ。
もうずいぶん前の話だけどね。

 
☆この記事を見た方は☆
☆こんな記事も見ています☆



2: :2013/03/29(金) 02:31:34.85 ID:

その時僕は19歳で、とにかく気が滅入っていた。

第一志望の大学に落ちて、滑り止めで受けた大学に入学して、そこに馴染めず結局夏がくる前に辞めた。

7月と8月はずっと部屋に引きこもって、これからの事を考えていた。
学校を辞めたことによる、俺はもう自由だ!という万能感と、
学校にも行かず働きもせず、この先いったいどうやって生きていこう?という閉塞感を行ったりきたりしていた。

 
3: :2013/03/29(金) 02:34:25.94 ID:

ふむふむ

 
5: :2013/03/29(金) 02:34:35.09 ID:

9月に入り、このままじゃいけない、と思い、とにかく何かをする事にした。
といっても僕にはやりたい事もなければ、将来に対する夢もなかった。
しかし何かをしなければいけない。
そう思った僕は、手っ取り早く旅に出る事にした。

昔から地図を眺める事が好きだった。
それだけでどこか遠くに行ける気がしたから。
それを実現しようと思い、僕は小学生の頃から貯めていた貯金を全額引き下ろし、どこか遠くに行くことにした。

 
6: :2013/03/29(金) 02:36:37.08 ID:

行き先は決めていた。
東北。岩手の遠野。
もともと北国に興味があり、ちょうどその頃柳田國男の「遠野物語」を読んでいた事もあって、そこに行くことにした。

時期的に青春18きっぷが出ていたので、それを使って鈍行列車で東京から、北へ北へと向かっていった。
12時間くらいシートに座りっぱなしなので、途中で尻が痛くなった。

 
7: :2013/03/29(金) 02:39:10.63 ID:

始発の電車に乗って自宅から出発し、遠野に着いたのはその日の夕方だった。
駅に降り立った瞬間、真っ赤に燃える美しい夕焼けが目に入って、
それを見た瞬間、ここに来てよかったなと思った。

宿は駅から歩いてすぐの民宿を予約していた。
素泊まりで一泊2000円という破格の安さだ。
かと言って部屋がめちゃくちゃに汚いというわけでもなく、和室造りの、どこにでもあるような宿だった。
これで2000円は安い。

 
9: :2013/03/29(金) 02:41:13.38 ID:

その日は近くの銭湯に行って旅の疲れを洗い流し、近所のスーパーで弁当と酒を買って、休む事にした。
夜の遠野を歩いて驚いたのは、まだ19時を回ったばかりだというのに、店がほとんど閉まっていて、町が真っ暗だったこと。
都会の生活に慣れた僕にとっては、外に行っても時間を潰せるところがどこにも無いという事は衝撃的だった。
そういうわけで、さっさと酒を飲んで眠ってしまおう、と思ったのだ。

 
10: :2013/03/29(金) 02:43:45.10 ID:

酒もロクに飲めないくせにビールを買ったのは、旅行のためテンションが上がっていたからだ。
弁当を食べ、ビールを飲み、一息つく。
それを繰り返しているうちに、だんだん酔いが回ってきて、頭がクラクラしてきた。
それと共に、再び頭の中に暗い予感が首をもたげた。

「これからどうしよう?」

勢いで遠く離れた東北の地に来たものの、今後の予定はまるで立っていない。
これから先何をしていいのかもわからない。
どう生きていけばいいのかも。

 
11: :2013/03/29(金) 02:46:02.24 ID:

思えば昔から何も考えていなかった。
友達が通っているから塾に通い、教師の進める高校に進学し、
妥当な大学を受験し、落ち、滑り止めの学校に通い、そこを辞め……。
周りの級友が目的を持って勉強をし、目的のために大学に入り、あるいは就職し、
という手続きを踏んでいる中、僕のやっていることはあまりに幼かった。
ただ行き当たりばったりで、目の前の事を無難にこなすだけだった。
そのツケが今回ってきているといえる。

 
12: :2013/03/29(金) 02:48:07.43 ID:

そういった思いを飲み込むかのようにして、ビールを流し込む。
さらに酔いは回り、だんだん思考がおぼつかなくなってくる。
とにかく今日は寝てしまおう……。
そう思って僕は、ロクに着替えもしないまま、布団に倒れ込んだ。

朝起きると、頭がガンガンする。
飲めない酒を無理して飲んだからだ。これが二日酔いというやつか。
それにしてもあまりに酒に弱すぎる。たかが缶ビールを一缶開けただけだというのに。
こんな事じゃこの先やっていけないぞ、と思う。
何がどうやっていけないのかよくわからないけど。

 
13: :2013/03/29(金) 02:51:10.33 ID:

素泊まりなので朝食もない。
僕は昨日買ったおにぎりをかじり、ついでに予め持ってきた頭痛薬も飲む。
薬の効果はすぐに現れ、程なくして頭痛は治まった。
時計を見ると朝の9時。
僕は、せっかく遠野に来たんだから、という事で、観光に出かけることにした。

玄関で靴を履いていると、民宿のオーナーが声をかけてきた。
どうやら裏の自転車屋に話をつけてくれたらしく、タダで自転車を貸してくれるという。
その好意に甘え、僕は自転車を借り、それに乗って町を回ることにした。

 
14: :2013/03/29(金) 02:53:31.82 ID:

よく旅行好きな人が「旅先での現地の人との出会いを楽しみにしている」というが、
その気持ちが僕にはまるでわからなかった。
人見知りがひどく会話も下手くそという典型的なコミュ障なので、
旅に出て誰かと会話をしようとは思わなかった。
むしろ1人で静かに町を回りたい。そう思っていたので、僕は無難に、町の観光名所を回ることにした。

博物館、お寺、僕でも知っていたカッパ淵……そういった有名なスポットを自転車で回った。
夏も終わりかけた時期だったので、観光者が少ない事が僕にとっては幸いだった。
誰とも関わらず、マイペースに遠野の町をふらふらと回った。

 
15: :2013/03/29(金) 02:55:55.99 ID:

あちこちを巡っていたら、あっという間に時間は過ぎた。
気づけばもう夕方。再び空の色が赤く染まり始めた。
自転車を一日中乗り回していたので、僕の足は疲労でパンパンだった。
さっさと民宿に帰ろう。
そう思って帰路についていたのだが、途中に鳥居の立っている山道があった。

鳥居の奥は長い階段になっている。
どうやらこの階段を登った先に神社があるらしい。
せっかく来たことだし、行ってみるか。
そう思った僕は、自転車を止め、長い階段を登りはじめた。

 
16: :2013/03/29(金) 02:58:06.98 ID:

それが間違いだった。
階段を登った先は山道になっており、足元がひどく悪い。
おまけに歩いても歩いても神社は見えてこない。
もはや疲労は限界に達している。
へとへとになった僕の目の前に、木でできたベンチが現れた。
天の助けとはこの事だ。僕はそこに座り、束の間の休息を取ることにした。

東北の9月は肌寒い。なのに僕の額には玉のような汗が浮かんでいた。
足は鉛のように重い。
とにかくその時僕は疲れきっていたので、僕のそばに近づいてくる足あとにも気づかなかった。

「あの……」

 
18: :2013/03/29(金) 03:00:51.13 ID:

突然話しかけられて、僕はギョッとした。
慌てて顔を上げると、そこには女の子が立っていた。
歳は16,7歳くらい。白いワンピースを着ており、黒髪を肩まで伸ばしている。
僕のイメージする「田舎の女の子」が具現化したような姿だった。

しかし元からのコミュ障と、しばらく人とまともに会話をしていなかったので、
僕はどう反応していいのかわからなかった。
そのため、
「……はい?」
というのが精一杯だった。

 
19: :2013/03/29(金) 03:03:08.35 ID:

「具合、悪いんですか?」

彼女は心配そうに僕に尋ねた。
どうやら僕を急病人と勘違いしているらしい。

「いや……ちょっと疲れただけだから……」

「そうですか……」

沈黙。
僕はそこからどう会話を繋げていいかわからず、曖昧な表情をしていた。
しかし女の子はそこから動こうとせず、じっと立ちつくしたまま、僕を見ている。
一体彼女はどうしたいのか?

 
20: :2013/03/29(金) 03:05:52.59 ID:

「観光の方ですか?」

「……うん」

「どちらから?」

「東京からです」

「ああ」

彼女は、納得がいった、というような顔をした。

「この辺りでは見かけない顔だったから」

と、彼女は言った。
それに対して、僕は無言。
こういう場合どう反応したらいいのかわからなかった。

 
21: :2013/03/29(金) 03:07:57.48 ID:

「隣り、座っていいですか?」

「……どうぞ」

僕が返事をすると、彼女は僕の隣りに腰掛けた。
再び沈黙が続く。

「どこか行ったんですか?」

「博物館と、お寺と……あとカッパ淵に」

「ああ、あそこは観光の方がよく行きますよ」

「静かでいいところだったよ」

「そうですか……」

また黙る。
一体この女の子は何をしたいんだろう?

 
22: :2013/03/29(金) 03:10:01.43 ID:

「……高校生?」

今度は僕から尋ねた。

「はい。この山の、裏側が学校なんです」

「そうなんだ」

「どうしてここへ来ようと?」

「鳥居が立ってたから、奥に神社があるのかなと思って」

「ああ」

と言って彼女は薄く笑った。

「神社はありますが……大したものではないですよ。この先を歩いて、もっと歩いて、ようやく見えてくるんですが」

「ですが?」

「本当に小さな神社で、皆さんがっかりして帰ります」

「そうなんだ」

僕も笑った。

 
23: :2013/03/29(金) 03:12:02.78 ID:

「なんで遠野に来ようと思ったんですか?」

「東北には前から来たかったんだ。それに柳田國男の本も読んでたし」

「ああ、遠野物語」

「そう」

「……遠野は、お話みたいにいいところじゃないですよ」

「えっ?」

僕は思わず彼女の顔を見た。
彼女は少し、悲しそうな顔をしていた。

 
24: :2013/03/29(金) 03:14:05.23 ID:

「身体、大丈夫ですか?」

「え……ああ、うん」

なんだか話をはぐらかされたようだった。

「だいぶ疲れも取れてきたし、大丈夫」

「そうですか。それはよかった……もう陽も落ちますし、そろそろ戻ったほうがいいですよ」

そう言われて辺りを見渡すと、もう薄っすらと暗くなり始めている。

「そうだね。そうするよ」

僕は立ち上がって、そういった。

「神社はまた今度来るよ」

「それがいいです。……それでは」

彼女も立ち上がり、僕たちはお互い反対の方向に歩いた。

 
25: :2013/03/29(金) 03:16:19.36 ID:

帰りにスーパーに寄って、昨日と同じようにご飯と酒を買って民宿に帰る。
部屋に戻った僕は、半額で買ったカキ弁当を食べながら、今日の事を思い出す。
あちこちを巡って楽しかったが、やはり一番印象に残っているのは、帰り際に会った女子高生だ。
初対面だというのに僕のことを心配し、話しかけてくれた。
田舎の人は親切だとは話に聞いていたが、それは本当だった。

 
27: :2013/03/29(金) 03:17:58.98 ID:

まるで小説を読んでるかのようだわ

 
29: :2013/03/29(金) 03:18:44.89 ID:

そういえばお礼を言いそびれた。
また会えたら、その時にお礼を言おう。

また会えたら。
もうそんな機会はないかもしれないけれど。
そう思うと、急に後悔の念が湧いてきた。
こういう時自分のコミュ障っぷりに腹が立つ。
もっと色々な話をしておけばよかったと。

しかしその頃には、買ってきたビールを飲み終えていたので、
再び酔いが回り、フラフラした頭のまま布団に潜り込んだ。

 
31: :2013/03/29(金) 03:20:46.57 ID:

遠野に来て2日目。
今日はどこへ行こうかと思うも、めぼしい所は昨日全て回ってしまった。
民宿のオーナーに聞いてみても、

「うーん、遠野は小さい町だからねえ。あとは車じゃないと行けないよ」

と芳しくない返事を頂いた。

「あ、温泉はもう行った?」

「いえ、行ってないです」

「ちょっと遠いけど、駅を越えて、山道をずっと登ったところに温泉があるんだよ。
よかったらそこに行ってみたら?」

と言われた。
どうせ他に行くところもないだろうし、僕は温泉に向かうことにした。

 
32: :2013/03/29(金) 03:23:04.98 ID:

長い長い坂道を、息を切らして自転車で登る。
坂道だとは聞いていたが、まさかこんなに急な道だったとは。
車ならスイスイ行けるだろうが、自転車では一苦労だ。
身体中が汗でじっとりと濡れ始めた頃、ようやく温泉らしい建物が見えてきた。

山の中にある温泉は、規模こそ小さいものの、来てよかったと思えるところだった。
木々に囲まれた露天風呂に浸かりながら、僕はそう思った。
疲れた身体をお湯で癒し、人心地つく。
遠くから聞こえる鳥の鳴き声が耳に優しい。
昨日は色々なところをめまぐるしく回っていたので、ようやく一息つけたといったところだ。

 
33: :2013/03/29(金) 03:26:03.27 ID:

そういえば、と、昨日の事を思い出す。
昨日山の中で会った女子高生は、元気だろうか?
温泉に浸かった事で、凝り固まった心までほぐれてきたようで、
今にして色々と話したい事が頭に浮かぶ。

観光の人はよく来るの?
学校生活はどう?
遠野の生活は楽しい?

 
34: :2013/03/29(金) 03:28:49.29 ID:

と、ここまで考えた時、昨日彼女がぽつりと言った言葉が蘇る。

「……遠野は、お話みたいにいいところじゃないですよ」

あれはどういう意味だったんだろう?
いや、しかし彼女の言ってる事はよく分かる。
その土地に住むという事は、そこで生活をするという事だ。
生活は決して楽しい事ばかりではない。むしろ苦しい事が大半だ。
観光者である僕は、そういった事を全くわかっていない。
それを苦々しく思っての言葉だったんじゃないか。

そうだよな、生きていくって事は、大変だよな。
遠くでまた鳥が鳴く。
なんだか無性に僕は、彼女に会いたくなった。

 
35: :2013/03/29(金) 03:31:33.14 ID:

昨日と同じ山道をへとへとになりながら歩く。
温泉で取れた疲れが再び身体中に広がっていく。
一体僕は何をやっているんだろうと思うが、それでも足は止めない。
昨日の場所へ。
昨日彼女と会った場所へ。
そこへ向かうために、僕は歩き続ける。

しばらく歩くと昨日座ったベンチが見えてくる。
当たり前だけれど、そこには誰もいない。

「まあ、そりゃそうだよなあ」

と、僕は誰に言うわけでもなく、つぶやく。

 
37: :2013/03/29(金) 03:34:15.55 ID:

そりゃそうなのだ。
昨日彼女と会ったことは偶然なのであって、そんな偶然が何度も続くわけがない。
なのにも関わらず、僕は一縷の望みに縋るように、山道を歩いた。
その結果がこれだ。当たり前の話だけど、それでも身体から力が抜けていく。

ここで少し休んで、民宿に帰ろう。
そう思った時、向こうから足音が聞こえてきた。

顔を上げると、そこには、まさしく昨日であった女子高生がこちらへ向かって歩いていた。

 
38: :2013/03/29(金) 03:36:17.75 ID:

「あっ」

僕は言う。
向こうも僕に気付いたらしく、

「あっ」

と言った。

そして彼女は、少し嬉しそうな顔をして、僕の元へ近寄ってきた。

「……こんにちは」

彼女は言う。

「こんにちは」

僕も言った。

 
39: :2013/03/29(金) 03:39:13.61 ID:

「昨日はありがとう」

彼女は首をかしげる。

「初対面なのに僕を気遣ってくれて。そのお礼を言いたかったんだ」

ああ、と彼女は言い、

「どういたしまして」

と言った。

そして昨日と同じように、僕の隣りに座る。
昨日は薄暗くてよくわからなかったが、こうして明るい所で見ると、
美少女とまでは行かないが、均整のとれた顔立ちをしている。
そして、今日は制服を着ている。

 
40: :2013/03/29(金) 03:41:20.83 ID:

「今日は学校だったの?」

「ええ。今から帰るところです」

「学校は楽しい?」

と言うと、彼女は複雑そうな顔をして、

「……あまり」

と言った。

「そうか。そうだよな。俺も学校楽しくなかったもん」

「そうなんですか?」

彼女は少し驚いたような顔をして、僕に向き直った。

 
41: :2013/03/29(金) 03:43:51.88 ID:

「そうだよ。勉強もできないし、部活もやってなかったし、
友達も少なかったし。大学もすぐ辞めちゃったし。俺は学校に向いてなかったんだな」

「向いてない、ですか……」

「そうだよ、何事にも向き不向きがある」

「そうですか」

彼女は少し笑った。

 
42: :2013/03/29(金) 03:46:12.03 ID:

「でも学校だけが全てじゃないからね。学校以外に楽しい事があれば、それでいいんだよ」

「学校以外にですか」

「そうだよ」

「何か楽しい事、ありますか?」

そう言われて、僕は気付いた。
楽しい事なんて、ない。

「うーん、それは難しい質問だ」

「そうですか」

「だから答えはまた今度にしよう」

「なんですかそれ」

彼女は笑った。
ここにきて、ようやく彼女の笑顔が見られた気がした。

 
44: :2013/03/29(金) 03:48:54.70 ID:

「今何年生?」

「2年生です」

「そうか、卒業まではまだ少しあるな」

僕は一度言葉を切り、また言った。

「今は楽しくないかもしれない。でもあと1年我慢して、卒業したら、
もう君は自由になれる。学校も行きたくなければ行かなくていいし、
働きたくなければ働かなくてもいい。全ての事が自分で決められるようになるんだ」

「はあ」

何か釈然としない顔をしている。
僕も自分で何を言っているのかよくわからない。
何かいい事を言おうとしている、という事はわかる。

 
46: :2013/03/29(金) 03:51:10.51 ID:

「だから、今が悪くても、きっといつかよくなるよ」

とだけ言って、僕は力なく笑った。
僕が言っても、何の説得力もないからだ。
学校から逃げて、家から逃げて、ようやくたどり着いたこの地で出会った、
何も知らない少女に、一体僕は何を言っているのか。

「てめえのツラでよくそんな事言えるな!」

と、心の中で僕は自分を戒めた。

 
47: :2013/03/29(金) 03:54:14.41 ID:

再び沈黙が辺りを支配する。
彼女は、この見知らぬ旅人の言う事を、どう思っているのか?
そう思っていると、彼女が口を開いた。

「ご飯、どうしてるんですか?」

「えっ?」

「晩ご飯。泊まっているところで出るんですか?」

「いや、素泊まりだからね。いつも近くのスーパーで弁当を買ってる」

「だったら、うちに来て食べませんか?」

「えっ?」

僕は彼女の顔を見た。
彼女は僕を見ている。

 
50: :2013/03/29(金) 03:56:51.41 ID:

「うち、両親も帰りが遅いんで、いつも1人でご飯を食べてるんです。たまには誰かと食べるのも、いいかなって」

「いいの?」

「大したものはできないですけど……」

「いや、そんな事は全然構わないんだけど、いいの?知らない人を家に上げて」

「だって」

と、彼女は僕の顔を見て言った。

「もうこうして、知り合ってるじゃないですか」

彼女は笑顔だ。僕もその笑顔につられ、笑顔になる。

「そしたら、お邪魔しようかな」

「ぜひ!」

そうして僕たちは、彼女の家に向かう事になった。

 
53: :2013/03/29(金) 03:59:03.09 ID:

彼女の家は、山を下って少し歩いたところにあった。
正に「田舎の家」といった風な建物で、門と庭のある古めかしい木造の家だった。

玄関を開け、

「お邪魔します」

といい、家に上がる。
畳敷きの居間に通され、僕はテーブルの前に座る。

「今から作るんで、ちょっと待ってて下さいね」

と言い残し、彼女は台所に姿を消す。
僕は今更少し後ろめたい気持ちになり、どうも落ち着かない。
いくら話の流れとはいえ、ほぼ初対面の人の家に上がるのはどうなのか?

 
55: :2013/03/29(金) 04:01:45.23 ID:

などというような事を考えていると、彼女が両手に皿を持って、姿を現した。

「おまたせしました!」

といい、テーブルの上に料理を広げる。

ご飯に肉じゃが、副食としてサラダもある。
今まで出来合いの弁当を食べていたので、久しぶりのちゃんとしたご飯の登場に胸が踊る。

「いただきます!」

僕はあっという間にご飯を平らげた。
その速さには彼女も目を丸くして、

「今まで何を食べてきたんですか……」

と、少し悲しそうに言う。

「こんなまともなご飯は久しぶりだよ。ありがとう」

「そう言って頂けると嬉しいです」

彼女はご飯を食べながら、そう言った。

 
56: :2013/03/29(金) 04:03:58.13 ID:

「そういえば」

と、僕は満腹になったお腹をさすりながら言った。

「まだ聞いてなかったけど、名前はなんていうの?」

「佐知子(仮名)です」

「そうなんだ。俺は智和(仮名)。今更だけど、よろしくね」

そう言って頭を下げる。

「こちらこそ」

彼女も慌てて頭を下げる。
なんだか滑稽な姿だ。
そう思うと笑いがこみ上げてきた。
笑う僕を見て、彼女もつられて笑顔。

 
58: :2013/03/29(金) 04:04:46.25 ID:

女の子「この辺じゃ見かけない顔だから」

どこの世界にこんなセリフ吐く奴が居る

 
59: :2013/03/29(金) 04:06:04.44 ID:

「そういえばさ」

「はい?」

こういう質問をしていいのか一瞬ためらったが、思い切ってぶつけた。

「昨日、学校が楽しくないって言ってたけど、なんで?」

「……」

彼女の笑顔がにわかに曇る。

 
60: :2013/03/29(金) 04:08:16.79 ID:

「学校が楽しくない理由って、色々あるじゃない。俺みたいに、勉強ができないとか、部活をやってないとか、友達がいないとか」

「……全部です」

「全部?」

「はい」

「うーん、そうか」

「私バカだから勉強できないし、部活もすぐ辞めちゃったし、友達もできないし……」

「そうなのか」

「だから私も、学校に向いてないんだと思います」

彼女は言った。

 
61: :2013/03/29(金) 04:08:59.79 ID:

>>58
閉鎖的な田舎の村だったらある…かな?

 
62: :2013/03/29(金) 04:10:17.93 ID:

「そうか……何か好きな事はある?」

「好きな事?」

「そう。その事を考えれば、少しは楽しくなるんじゃない?」

「好きな事……そうですね……」

彼女は少し考えて、言った。

「音楽が好きですね」

「音楽」

「はい。父も母も音楽が好きで、私もそれに影響されて、
音楽を聴くようになりました」

 
63: :2013/03/29(金) 04:13:05.83 ID:

「そうなんだ。どんなの好きなの?」

「それは……古い音楽なので、言ってもわからないと思います」

「まあ俺もあんまり音楽詳しくないからね」

「同級生に勧めても、古いとか暗いとかって言われます」

「それはつらいね」

「はい……」

また彼女は悲しそうな顔をする。

 
64: :2013/03/29(金) 04:15:07.26 ID:

「音楽が好きなら、何か楽器とかやってるの?」

「ギターを練習してます。下手くそだけど……」

「おお、いいじゃない。それ聞かせてよ」

「ええっ!恥ずかしいですよ」

「弾き語りとかできるんじゃないの?」

「本当に練習中なんで……」

「人に聴かせるのも練習だよ。ほらほら」

「ええー……」

といって僕は、無理に彼女にギターを持ってこさせる。

 
66: :2013/03/29(金) 04:17:22.22 ID:

「なかなか様になってるじゃない」

ギターを抱えた彼女は、なるほど、昔のフォークシンガーのようだ。

「何か弾いてよ」

と、雑な注文をする。

「じゃあ……今練習している曲を」

と言って、彼女はギターを爪弾き、そして歌う。
その曲は僕も知っているものだった。
確か昔のフォークソングで、教師と女子高生の恋愛を描いたドラマの主題歌にも使われていた曲だ。
ギターの腕前はおぼつかないが、しかしなにより、その歌声を聴いて僕は驚く。
音程もしっかり取れていて、何より声質が良い。
透明で儚げな声。
その声に魅了されて、僕は曲が終わっても、しばらくぼうっとしていた。

 
67: :2013/03/29(金) 04:20:00.02 ID:

「あの……終わりです」

不安そうに言う彼女の声によって、僕は我に返った。
そして惜しみない拍手を送った。

「凄い!凄いよ!まるで本物の歌手みたいだ!」

「そう言って頂けると……嬉しいです」

彼女ははにかんでそう言った。

「本当にそう思うよ!人前で歌ったことは?」

「まだ無いです……恥ずかしくて」

「もったいない!」

僕は興奮して言った。

 
68: :2013/03/29(金) 04:22:11.40 ID:

「学園祭とかで演奏するべきだよ。そうすれば、みんなの見る目も変わるよ」

「そうですかね……」

「そうだよ!他に何の曲ができるの?」

「他には……」

と言って彼女は、数曲、昔のフォークソングを披露してくれた。
どれも原曲に劣らない出来栄えで、僕は曲が終わる度に拍手をした。

 
69: :2013/03/29(金) 04:24:23.37 ID:

「あっ、もうこんな時間……」

ふと外を見ると、すっかり陽は落ちている。
思いの外長居してしまったようだ。

「そろそろ民宿に戻るよ」

「そうですか……」

彼女は少し寂しそうだった。

「親御さんにこんな形で会うのも気まずいからね。そろそろ帰ってくるんじゃない?」

「お母さんはいつも帰りが遅くて、お父さんは帰ってくるかどうかもわからないから……」

と彼女は伏し目がちに言った。
どうも聞いてはいけない事を聞いてしまったようだ。

「そ、そうなんだ」

僕はうろたえた。

 
71: :2013/03/29(金) 04:26:54.60 ID:

「また明日、会えますよね?」

「えっ?」

僕は彼女を見た。
彼女も僕を見ている。

「また明日も、山の中のベンチで、待ってますから」

「う、うん……」

「約束ですよ!」

と、彼女は言った。

 
73: :2013/03/29(金) 04:29:15.41 ID:

民宿に戻り、また部屋で1人ビールを飲む。
ここに来て、すっかりひとり酒がくせになってしまった。
ビールを傾けながら、今日の事を思い出す。
学校が楽しくないと寂しそうに言った彼女の事。
両親の帰りが遅いと伏し目がちに言った彼女の事。
音楽が好きなんですと言った彼女の事。

 
74: :2013/03/29(金) 04:31:15.89 ID:

何か力になれないものか、と思う。
今現在彼女が楽しくないのは、彼女に原因があるわけでもなければ、
周りに原因があるわけでもない。
全てはタイミングなのだ。
それさえつかめば、後はなるようになる。
その後押しをできればいいのだが……。

と、そこまで考えたところで、再び暗雲のようなものがムクムクと脳裏に広がる。

何がタイミングだ、お前がそんな偉そうに言える立場か!
人のことよりまずは自分のことを考えるんだな!

そういう声が頭の中で響く。
それは鳴り止まず、しまいには頭痛まで引き起こす。
それが声のせいなのか、回ってきたアルコールのせいなのかはわからないけれど。
ガンガンと痛む頭で、僕は布団に入った。
眠ろうとしたけれど、なかなか寝付けなかった。

 
75: :2013/03/29(金) 04:33:14.88 ID:

ちょっと休憩。

>>70
5年くらい前の話だね。

 
76: :2013/03/29(金) 04:34:04.95 ID:

次も期待してる

 
77: :2013/03/29(金) 04:39:27.62 ID:

再開するよ


次の日目を覚ました時には、もう時計の針は12時を回っていた。
寝過ぎてしまった。昨日の深酒が効いたようだ。
のそのそと起きてもはや顔なじみとなりつつあるスーパーに行き、お惣菜を買って部屋で食べる。

タラの芽の天ぷらを食べながら、昨日の事を思い出す。
やっぱり、彼女の力になってあげたいと考えるのは、傲慢だ。
僕は所詮通りがかりの旅人以外の何者でもなくて、そんな人間ができる事なんで限られている。
僕には僕の人生があるし、彼女には彼女の人生があるはずだ。

 
78: :2013/03/29(金) 04:42:17.71 ID:

しかし、と思う。
それにしたって、微力ながら、何か僕にできる事はないだろうか。
学校が楽しくないといった彼女を楽しくさせる方法は何かないか。
そう考えているうちに、いつの間にかお惣菜を食べ終わっていた。

とりあえず彼女に会おう。
僕はそう思い、民宿を出た。
会話をしていくうちに、解決の糸口が見つかるかもしれない。
昨日と同様に、自転車に乗って神社のある山に向かう。

 
79: :2013/03/29(金) 04:44:32.09 ID:

あれっ」

僕は思わず声を上げた。
まだお昼も過ぎたばかりだというのに、いつものベンチに彼女が座っていた。
彼女も僕の存在に気がついたようで、

「こんにちは」

と言った。

「今日はやけに早いね。学校は?」

「今日は短縮授業なんです」

「ああそう」

「それに……」

「それに?」

「ここにいれば、智和さんに会えると思ったから」

そういって彼女は笑顔を浮かべる。
僕はこういう時どういう顔をしたらいいのかわからなくて、立ち止まる。

 
80: :2013/03/29(金) 04:46:24.12 ID:

>>79
笑えばいいと思うよ

 
81: :2013/03/29(金) 04:46:43.54 ID:

「行きましょう」

「えっ、どこへ?」

「お昼ごはん。まだ食べてないんです」

「ああそう。俺は軽く食べてきたんだけど」

「だったら、付き合ってください」

そういうと彼女は立ち上がり、僕の方に歩いてくる。

「いいですよね?」

「う、うん……」

そういうわけで僕たちは山を降り、近くの喫茶店に入ることになった。

 
83: :2013/03/29(金) 04:49:24.56 ID:

「昨日あれからずっと、ギターの練習をしてました」

ピザトーストセットを食べながら彼女が言う。

「夜までやってたので、お母さんに怒られちゃいました」

そういって彼女は少し笑う。

「ギターはうまくなった?」

「まだまだです。もっと練習しないと」

「そうか」

僕は注文したコーヒーを啜る。

 
84: :2013/03/29(金) 04:51:46.78 ID:

「昨日智和さんに言われた事をずっと考えていたんですけど」

「うん?」

「学校の学園祭で出し物があるんです。そこで私、弾き語りをやってみようかと思って……」

「おお!いいじゃない!でもなんで?」

「やっぱり、自分で楽しいことをみつけなきゃなって」

「うん」

「今までずっと自分で何かをするって事がなかったんです。
周りに合わせてばかりで、でもうまく合わせられなくて」

「うん」

「だからずっと辛かったんです。でも、自分で何か始める事で、
何か変わればいいなって思って」

「それは、良い事だよ」

僕は言う。

「自主的に何かを始めるというのは素晴らしいことだ。
きっとそれで、いい風になるよ」

「そうですか」

「そうだよ。俺は君のことを応援するよ」

「ありがとうございます」

彼女はぺこりとおじぎをする。

 
85: :2013/03/29(金) 04:54:21.22 ID:

そうか、僕は自分で気づかないうちに、彼女の役に立っていたのか。
彼女の力になってあげたい、というのは、僕の思いあがりだったようだ。
だってこうして彼女は、自力で立ち上がろうとしているじゃないか。
彼女は立ち上がり、そして歩く。自分の足で。

 
86: :2013/03/29(金) 04:56:26.64 ID:

「さて、今日はこの後どこに行こうかな」

喫茶店を出た僕は言った。

「あ、それだったら、いいところ知ってますよ」

「どこ?」

「大した場所ではないですけど……私のお気に入りのところです」

「おっ、じゃあ連れて行ってほしいな」

「でも本当に大したところじゃないですよ」

「大丈夫大丈夫。君を信じているよ」

「そう言われるとプレッシャーがかかりますね」

「期待してるよ、現地人」

 
87: :2013/03/29(金) 04:56:31.49 ID:

あかんここからスレタイの状況になるのを想像したら悲しすぎる

 
89: :2013/03/29(金) 04:59:08.82 ID:

僕たちは自転車を2人乗りして、彼女の教える道を辿った。
坂を登り、徐々に建物が少なくなり、逆に畑が増えていく。

「ここです」

彼女が指さしたのは、小山の入り口。そこには石の階段がある。

「ここを登ったところです」

「また登るのか……」

そう言った僕を無視して、彼女は1人階段へ向かう。

「ほらほら、早く!」

「はいはい」

僕もそれに続く。

 
90: :2013/03/29(金) 05:00:45.97 ID:

なんか悲しくなってきた、なんでだ?

 
91: :2013/03/29(金) 05:01:02.43 ID:

何気に彼女の家に二人きりとか
喫茶店でランチとか
自転車二人乗りとか
うらやましす

 
92: :2013/03/29(金) 05:01:18.45 ID:

山道を10分ほど登る。体力のない僕はもうへとへとだ。
一方彼女は歩き慣れているらしく、すいすいと道を進んでいる。

「ねえ、まだ?」

「もう少しです、もう少し」

立ち止まった僕にそう言って、彼女はまた先へとすすむ。
やれやれ、と思いながら、僕も再び歩き始める。

「着きましたよ」

「おーっ、ここは……」

 
93: :2013/03/29(金) 05:03:25.93 ID:

たどり着いた先は、ちょっとした広場になっていた。
そしてそこから、遠野の町並みが一望できる。

「これはいい眺めだね」

「でしょ?お気に入りの場所なんです」

「こりゃ気に入るよ」

「ほら、あそこが駅で、あそこが学校で、あそこが私達が会った山です」

そう言って彼女はあちこちを指さす。
僕はその指し示す方向を見つめる。

 
94: :2013/03/29(金) 05:05:32.04 ID:

「……嫌なことがあると、ここに来るんです」

「そうなんだ」

彼女は芝生に座り込み、言う。

「あそこに駅が見えるでしょ?そこに時々電車が来るんです」

「まあ駅だからね」

「それを見ながら、私も電車に乗って、遠くに行きたいなって想像するんです」

「そうなんだ」

「ずっと遠野の町で暮らしてきたから、よその町に行ったことがあまりないんです。
だからここで、電車を見て、遠くの町に行ったつもりになるんです」

「そうか……」

 
95: :2013/03/29(金) 05:07:39.90 ID:

「ほら、空もあんなに青い」

そう言って彼女はごろりと寝転がる。

僕も彼女の隣りに寝転がる。

「本当だ。今日はいい天気だね」

暑くもなく寒くもなく、ちょうどいい気候だ。
こうして空の下、2人で寝そべっていると、もう何もかもがどうでもいいような気持ちになる。
きっと全てが良くなる。僕はそう思った。

 
96: :2013/03/29(金) 05:10:00.81 ID:

「ずっとこうしていられたらいいのに……」

「えっ?」

「なんでもないです」

そう言って彼女は笑う。
まるでこの瞬間だけ、時間が止まったかのようだ。

 
97: :2013/03/29(金) 05:12:25.38 ID:

長い間ずっとそうしていた。
太陽が西へ沈み、気づけばもう夕焼けの時刻。

「そろそろ帰る?」

「そうですね。……またうちで、ご飯食べていきます?」

「それじゃあお言葉に甘えて」

「はい!」

 
98: :2013/03/29(金) 05:15:03.80 ID:

彼女の家でご飯を頂いた後、例によってスーパーで酒を買い、民宿に戻る。
缶ビールの口を開け、一気に胃に流し込む。だんだん酒にも慣れてきたようだ。
しかし今日はいい1日だった。
彼女も楽しみを一つみつけたようだし、僕も漠然とだけど、今後の活路が見えてきた。

 
99: :2013/03/29(金) 05:17:04.41 ID:

「家に帰るか……」

今まで僕は逃げ続けてきた。しかし逃げる事では何も解決しないと、ようやく気付いたのだ。
家に帰り、親とも話し合い、今後どうするかを決めよう。
とにかく何もしないでぶらぶらしているのは良くない。
バイトでもいいから、労働をするべきだ。
それが僕の人生を良くしていくに違いない。

 
100: :2013/03/29(金) 05:19:23.40 ID:

まだ遠野に来て3日しか経っていないが、僕の心は決まった。
明日、彼女に会って、もう一度遠野を回り、それを最後に僕は家に帰ろう。
そう思うと、急にこの町を去ることが名残惜しくなった。

立ち上がり、窓の外を見る。真っ暗で何も見えない。
空を見ると、さっきまでの晴れた空がウソのように、重たい雲で覆われている。

「明日は雨かな……」

僕はつぶやき、布団に入った。

 
101: :2013/03/29(金) 05:21:55.10 ID:

遠野に来て4日目。今日がこの町にいる最後の日。
長いようで短い、短いようで長い4日間だった。
外は生憎の雨。どうも降り止む気配はない。
最後の日だというのにまいったな。
せっかく彼女と町を回ろうと思ったのに。

雨の中町を回っても仕方がない。
止みそうにないが、雨が弱まるまで少し部屋で待っていよう。

 
102: :2013/03/29(金) 05:24:38.87 ID:

しかし雨は一向に止まない。それどころか雨脚が更に強くなっている。
窓ガラスを叩きつける雨を見ているうちに、僕はなんだか嫌な予感がした。
確証はない。しかし漠然とした不安がムクムクと胸のうちに広がる。
……彼女はどうしているだろうか?
僕は民宿を出、いつも彼女と会う山へと向かった。

彼女はそこにいた。いつもの変わらず、ベンチの前に立ち尽くしていた。
雨の中、傘もささずだ。

 
103: :2013/03/29(金) 05:26:57.81 ID:

「ど、どうしたの!」

僕は慌てて駆け寄る。
長時間この場所にいたらしく、全身はずぶ濡れだ。
僕の問いかけにも反応はなく、力なく頷くばかり。

「一体どうしたの!こんなに濡れちゃって……風邪ひくよ」

そういって僕は傘を差し出す。やはり反応はない。

 
104: :2013/03/29(金) 05:27:43.49 ID:

とうとう鬱展開か

 
105: :2013/03/29(金) 05:28:34.07 ID:

なんか寒気した

 
106: :2013/03/29(金) 05:29:14.89 ID:

「……何かあったの?」

そこで彼女は初めて僕の方を向き、口を開いた。

「お父さんと……お母さん……」

「えっ?」

「離婚するんだって……昨日決まったんだって……」

そういうと彼女の目に、大粒の涙が浮かび上がる。

「お父さん、家を出て行くんだって……もう一緒にいられないんだって……」

とうとう彼女は声を上げて泣きだした。
僕はうろたえてしまって、どうしていいかわからない。

「……とにかく、一度家に行こう?」

「……うん……」

 
107: :2013/03/29(金) 05:29:25.41 ID:

気になって眠れん

 
108: :2013/03/29(金) 05:31:19.95 ID:

僕たちは彼女の家に行く事にした。
彼女は憔悴しきっているようで、足元がおぼつかない。
それを僕が支えるようにして歩く。

家に着き、このままじゃ風邪をひくからという事で、彼女はお風呂に入った。
お風呂から上がり、寝間着姿になった彼女が、ぽつりぽつりと事の顛末を話してくれた。

 
109: :2013/03/29(金) 05:33:35.42 ID:

この家は彼女とお父さんとお母さんと3人で住んでいる。
昔は仲睦まじい家族で、休日にはピクニックに行ったりもした。
それがいつの間にか、少しずつ、夫婦仲の関係が悪くなっていった。
原因はわからない。しかしとにかく、日に日に家族の会話が減っていったという。

彼女が中学生になった頃から、だんだんお父さんは家に帰らなくなった。
お母さんは些細な事でイライラするようになり、時には彼女に当たったりもした。
どうやらその時、お父さんは家の外に別の女の人がいるようだった。
それが発覚したのが2年前。その頃からお父さんとお母さんの間では口論が絶えないようになった。
そして昨日、ついに離婚する事が決まったという。

 
110: :2013/03/29(金) 05:36:01.28 ID:

「昔はあんなに仲が良かったのに……みんなで遊びに行ったりもしたのに……」

僕は黙って話を聞く。

「私は何も望んでいないのに……ただ3人で仲良く暮らしたかっただけなのに……」

「……」

「学校にも居場所がないし、この家にももう居られない……私はどうすればいいの?」

「……」

「智和さん言ったよね?あと少し我慢すれば自由になれるって。
でも私は、いつまで我慢すればいいの?いつになったら自由になれるの?」

僕は黙ってしまう。

「一体それまでにいくつの事を我慢すればいいの?
我慢すれば本当に自由になるの?全てが良くなるの?私にはわからない……」

「……」

 
111: :2013/03/29(金) 05:38:17.90 ID:

「もう……私……死にた……」

「佐知子!」

僕は彼女の名前を呼び、抱きしめた。
彼女は一瞬驚いたようだが、僕の胸に顔を埋めた。

「それは言っちゃダメだ!それだけは言っちゃダメだよ……それだけは……」

彼女は再び泣きだした。
窓の外では雨が止まない。
いつだってこうだ。
どうして僕たちは幸せになれないんだろう。
どうして僕たちは苦しんでばかりいるんだろう。
どうして僕たちは、子供なんだろう。
理不尽な不幸に対する怒りが胸の奥に宿る。

 
112: :2013/03/29(金) 05:39:28.22 ID:

変な女の子を拾ったスレの展開みたいだ
雨降ってるってのが

 
113: :2013/03/29(金) 05:41:05.05 ID:

「……どこか行きたい所はある?」

「え?」

「行きたい所に行こうよ。もうたくさんだ。こんな町を捨てて、どこか遠くへ行こうよ」

「遠く……」

「そう、遠く。僕らも、僕らの事も知らない町へ」

「遠く……」

彼女は少し黙りこみ、そして言った。

「海、が見たい」

「海?」

「そう、海。日本海が見たい」

せめて最後に、と、彼女は言った。

 
114: :2013/03/29(金) 05:43:22.74 ID:

次の日、僕たちは始発の電車に乗って西へ向かった。
日本海を見に行くために。

電車が動き出す。
窓の外は雨こそ降っていないものの、相変わらず曇り空だ。
僕たちはボックスシートにお互い向い合って座った。
彼女の目は腫れている。多分昨日も泣きながら眠ったのだろう。

 
115: :2013/03/29(金) 05:45:30.83 ID:

「電車に乗るの、久しぶりです」

「そうなの?」

「1人でどこか行くのは怖いし……家族でも旅行なんてずいぶん前にしなくなっちゃったから」

そういって彼女はぽつりぽつりと昔の思い出を話し始める。
家族と旅行に行った事。
お母さんの作ったお弁当が美味しかった事。
お父さんの昔話が面白かった事。
お母さんがお父さんとの出会いの話をして、お父さんが照れた事。
それを見て、お母さんが笑っていた事。

 
116: :2013/03/29(金) 05:48:07.80 ID:

「……もうずいぶん前の話ですけどね」

そういって彼女は寂しそうに笑った。

「仲のいい家族だったんだね」

「昔は……ですけど。智和さんの家は?」

「うち?うちは……片親だったからね。親父だけ」

「あ……ごめんなさい」

「いいんだよ、気にすることはない」

僕は言った。

 
117: :2013/03/29(金) 05:50:10.88 ID:

「だから小学校の授業参観とか寂しかったよ。うちだけ誰も見に来ないからね。
友達は、お母さんの手前張り切ってるんだけど、俺はそういう事もなかった」

「……」

「その時は思ったよ。なんで俺だけこんななのかなって。なんでうちだけお母さんがいないのかなって」

「……」

「まあでもだんだん、仕方ないなって思えてきたよ。仕方ない、これは仕方ない事なんだ、って」

「そうですか……」

そういって彼女は黙った。
車内には電車の揺れる音だけが響いている。

 
118: :2013/03/29(金) 05:52:14.52 ID:

「ここで降りましょう」

鈍行列車を乗り継いで半日、もう辺りは暗くなっている。
とある無人駅に電車が到着した時、彼女が言った。

「え、でも……」

「大丈夫です」

と言って、彼女は先に電車を降りてしまった。
僕も慌ててそれに続く。

 
119: :2013/03/29(金) 05:54:21.48 ID:

そこは小さな無人駅で、ホームと駅舎以外、辺りには何もない。
ホームのすぐ先には、真っ暗な夜の海が横たわっている。

「この駅、ホームと海の間が10mくらいしかないんですよ。それで鉄道ファンの方がよく来るそうです」

「そうなんだ……でもこう暗くちゃ何も見えないね」

「朝になれば。日本海が見えますよ」

「そうか」

僕達は駅舎の中に入り、長ベンチに座った。

 
120: :2013/03/29(金) 05:56:25.50 ID:

「もう電車ないですよ」

「今日はここで泊まろうか」

「はい」

人1人座れるベンチが3つほどある。
僕達は1人1つのベンチに横たわり、目を伏せる。

「智和さん」

「ん?」

「そっちに行っていいですか?」

「……いいよ」

彼女は僕のベンチに無理矢理身体を滑り込ませ、横になった。

 
122: :2013/03/29(金) 05:58:56.73 ID:

「2人で1つのベンチは窮屈だよ」

「でもこうすれば」

と言って、彼女は僕に抱きついた。

「ね?」

「……何が、ね、なんだ」

と口では言ったが、内心では心臓が破裂しそうだった。
こんな至近距離で女の子を見る事が今までなかったからだ。

 
123: :2013/03/29(金) 06:01:27.26 ID:

「智和さん……」

「な、なに?」

動揺を悟られないように、努めて冷静に話す。

「どうして私たちは子供なんでしょうか」

「子供?」

「大人だったら、家を出る事も、どこかへ行く事もできるじゃないですか。
でも私たちはまだ子供です。どこかに行く力もなく、今の場所に留まり続けるしかないんです」

「……」

「その留まるべき場所でうまくやっていけなかったら、一体どうすればいいんでしょうか?
一体私たちは、いつまで我慢しなければならないんでしょうか」

僕は黙った。

 
124: :2013/03/29(金) 06:03:47.53 ID:

世の中は不条理に満ち溢れている。
あって欲しい事が起こらず、あって欲しくない事ばかりが起きる。
大人は仕方ないと割り切れるかもしれない。
しかし、僕達子供の立場はどうしたらいいんだ。
僕達は子供である以上、大人になるまで延々に我慢し続けなければならないのか。

そんなの、もうたくさんだ。

このまま彼女と、死んでしまうのも、いいかもな。

その時僕は、そう思った。

 
126: :2013/03/29(金) 06:06:13.17 ID:

気づくと眠ってしまっていたようで、目が覚めると外は明るかった。
ふと隣りを見ると彼女がいない。
慌てて立ち上がると、駅舎の外から歌声が聞こえる。

 チィチィよ
 ハァハァよ
 あなたのいい子で
 いられなかったぼくを
 許して下さい
 ぼくはひとりで
 生きてゆきます

ホームに出ると、彼女は1人、海を眺めながら歌っていた。

 
127: :2013/03/29(金) 06:08:41.22 ID:

 海が死んでも
 いいョって鳴いてます
 すさんでゆくぼくの
 ほほが冷たい
 誰かぼくに話しかけて下さい

僕の足音に気付いたらしく、彼女は歌うのをやめて後ろを振り向いた。

「何の曲?」

「私の好きな歌です……目が覚めたんですね」

「すっかり寝ちゃったよ。雨、やんだみたいだね」

「そうですね。まだ曇ってますけど」

「それでも、雨よりマシさ」

僕は彼女の隣りへ歩いた。

 
128: :2013/03/29(金) 06:10:53.45 ID:

「昨日考えたんだけどね」

「……はい」

「……やっぱり、俺達は死んじゃダメだよ」

「え……」

「僕達はまだ子供だ。それは絶望的に、どうしようもない事実だ」

「……」

「生きてればいい事がある、なんてくだらない事は言わない。でも僕達はまだ、子供なんだよ。
たったの10数年しか生きていない。そんな短い時間で生きるか死ぬかを決めるなんて、そんなの悔しいじゃないか」

「……」

 
129: :2013/03/29(金) 06:13:02.20 ID:

「俺は世界を恨む。恨み続ける。そうした上で生きていく。
そして、そんなクソみたいな日々を過ごして、それでも中に、生きててよかったと思える1日があるはずだ。
それは1日、たった1日でいい。その1日があるだけで、俺も、君も、救われると思うんだ。
そしてそれが、大人への、世界への復讐だと思うんだ」

「……」

「だから俺達は生きよう。1人で。復讐するために。
日々の中で磨り減った大人達の前で、俺はこんないい事があったんだぞと宣言するために」

「……はい」

彼女は泣いているようだった。
僕は彼女の顔を見ないで続ける。

 
130: :2013/03/29(金) 06:15:19.66 ID:

「だから君は歌を歌うんだ。1人で、世界への恨みを、この世の悲しみを、生きる事の不条理さを。
そして、君自身の美しい人生を。それをやるまでは、死んじゃいけないんだ」

「……はい」

海は荒れ、曇り空の隙間から陽の光が差し込む。
それはとてもこの世のものとは思えない、美しい光景だった。

 
131: :2013/03/29(金) 06:17:51.45 ID:

そして僕らはまた1日かけて遠野に戻った。
駅前で彼女は「さようなら」と言って別れた。
僕は民宿に戻り、荷物をまとめた。

翌日僕は遠野を後にした。彼女にさよならも告げず。
また会えば、別れるのが惜しくなってしまうから。
そうして僕は、東京へと帰った。

 
132: :2013/03/29(金) 06:20:15.38 ID:

家に帰ると、父親がリビングにいた。

「旅行は楽しかったか?」

と言う父親に僕は、

「うん、最高だったよ」

と答えた。

 
134: :2013/03/29(金) 06:23:02.00 ID:

あれから5年が経つ。
僕は遠野から帰った直後、アルバイトを始め、今でもそこで働いている。
時給も安く、決して楽な仕事とは言い難いけれど、今後も続けていくだろうと思う。

遠野であった彼女とはあれから連絡を取っていない。
住所もメールアドレスも聞かなかったので、連絡の取りようがなかった。
それでもきっと彼女は、今も、歌を歌い続けていると思う。

 
135: :2013/03/29(金) 06:25:05.23 ID:

けれど一度だけ、彼女に手紙を書いたことがある。
宛先不明の、ついに出す事がなく、机の中にしまわれたままの手紙。

「拝啓 佐知子様
お元気ですか?
僕は今、アルバイトをしています。
あの時答えられなかった「楽しい事」もみつかり、日々精進しながら暮らしています。
佐知子さんはまだ歌を歌っているのでしょうか?
僕はあなたが、海沿いの無人駅で歌っていた歌を忘れることができません。
きっといつか、どこかで、あなたの歌を聴きたいと思います。
寒々しい日々の中で、あなたの歌を待ちわびています。
その時まで、どうかお元気で。
僕も『生きててよかったと思える1日』が来る日まで、生きていこうと思います。

智和」

 
136: :2013/03/29(金) 06:28:01.66 ID:

以上でこの話はおしまいです。
朝まで付きあって頂いた皆様、ありがとうございます。
震災後はどうなったのかわからないけど、
遠野はいいところだから一度は行ってみた方がいいよ。

 
137: :2013/03/29(金) 06:31:00.08 ID:

おつ!

出来ればまた会ってみたい?

 
138: :2013/03/29(金) 06:36:33.46 ID:

>>137
会ってみたい気もするが、でも会わぬが花なんじゃないかなという気もするよ。

 
139: :2013/03/29(金) 06:46:10.15 ID:

会えなくても、もう1度行ってきなよ
帰ってきたらまたスレ立てしてくれ
お願いだから・・・

 
141: :2013/03/29(金) 08:19:56.73 ID:

遠野といったらほんとど田舎だよな
水沢のおれが言うのもなんだけど

 
143: :2013/03/29(金) 08:27:56.32 ID:

でもなんか良い気分になる文章だったな
こういうの好きだな

 
144: :2013/03/29(金) 08:34:58.99 ID:

言っちゃ悪いけど、でも大抵こういう一度自殺決めた子って殆ど死ぬよね。
1に依存してたのに、何も言わずに居なくなっちゃったから、
見捨てられたと思った筈だし。
読み物としては面白かったよ。

 
145: :2013/03/29(金) 08:35:17.72 ID:

ちょっと恋愛ルート期待してたわ

 
149: :2013/03/29(金) 10:05:32.57 ID:

あんべ光俊の遠野物語が脳内再生されたよ

震災後も遠野は変わってないよ

ついこないだセブンが出来たくらい

 
151: :2013/03/29(金) 11:02:19.84 ID:

家も分かってるんだから会いに行きなよ

 
155: :2013/03/29(金) 12:49:28.41 ID:

私はこーゆーの好きかも
途中から彼女が桜井さっちゃんで再生されてた

 
156: :2013/03/29(金) 12:54:09.37 ID:

>>1
です。
書き終わった後、すぐに寝てしまったので、最後に補足を少し。

 
157: :2013/03/29(金) 12:58:44.70 ID:

途中彼女が歌っていたのは、森田童子です。
「ぼくたちの失敗」と
「海が死んでもいいョって鳴いている」
の2曲。両方ともYouTubeで聴けるようです。

 
158: :2013/03/29(金) 13:00:03.10 ID:

なんかいいな
ありがとう

 
159: :2013/03/29(金) 13:02:29.25 ID:

その後の彼女がどうなったかは僕は知らない。
けれど少し前に、彼女の名前でぐぐってみた事がある。
芳しい結果は出なかったけど、1件だけ、ライブハウスのスケジュールのサイトが出てきた。
それを見てみると、出演者の欄に彼女の名前があった。
今も彼女はきっと、美しい歌声で歌い続けているんだと思うと、安心した。

 
160: :2013/03/29(金) 13:03:25.75 ID:

行っちゃいなよ

 
161: :2013/03/29(金) 13:05:13.69 ID:

で。最後。これが一番言いたかった事なんだ。

彼女に書いた手紙の一番最後に、追伸を、小さな文字で書いた。

「P.S








この話は95%のウソと5%のホントで成り立っています。
本当にありがとうございました」

 
163: :2013/03/29(金) 13:07:32.20 ID:

5%の本当に乾杯
気持ちいい話で良かったよ

 
165: :2013/03/29(金) 13:10:06.20 ID:

大学に落ちたのも本当だし辞めたのも本当。
遠野に行ったのも本当(友達と)。
無人駅で一泊したのも本当(友達と)。
あとは全部ウソだね。
昨日書いておけばよかったんだけど、眠すぎてそれどころじゃなくて
でもこのままにしておくのも気持ち悪いよなあ―、と思って
いちいち書き込みにきました。

 
168: :2013/03/29(金) 13:13:18.18 ID:

ついでに言うと森田童子の曲が出てくるのは俺の趣味だね。
でも読んでくれた皆様ありがとうございます。
久しぶりに文章を書いたけど、楽しかったよ。
またなにか書くかも。
それじゃ。

 
171: :2013/03/29(金) 15:51:36.01 ID:

遠野にいってみたくなった


 
元スレ:http://hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/news4viptasu/1364491761/
 
☆本日の人気記事☆